走りながら考える。〜 震災ボランティアで得た教訓
「東京と岩手を繋ごう!芸術復興際」と題して岩手県の陸前高田第一中学校で行われた日本フィルハーモニー交響楽団さんのコンサートのお手伝いをし帰路につく新幹線の中でこれを書いています。
今回で、震災ボランティアとしては自身7度目の東北入り、コンサートの帰りの途中に気仙沼にも立ち寄ることができ、これで岩手県は釜石と陸前高田、宮城県は東松島、石巻、南三陸、気仙沼に訪れたことになります。
4月に初めてボランティアとして被災地へ入ってから約7ヶ月が経過。ほぼ毎月東北に来ていることになります。
まずは一歩踏み出そう
3.11の直後、私が主宰しているJapan MBA Forumをベースに募金を集めたことからはじまり、4月からGWを挟んで当時個人ボランティアを積極的に受け入れていた東松島市でボランティア活動を開始。民家の泥出しや瓦礫の撤去などを行った。その後、南三陸で花火大会や”お菓子を届けようプロジェクト”、被災地で不足していた土嚢袋を送るための”土嚢袋プロジェクト”など、勢いと思いつきだけで突っ走ったわりには、何だかいろんなことができた気がする。
「何かしたいけど、何をすれば良いのだろう?」と悩むより、とにかく一歩踏み出して、思いついたことを実行することが何より重要なのだと改めて感じることができた。(当然、これらの活動には寄付頂いた方々、そして行動をともにして頂いた仲間の存在があったからこそできたものである。)
ぶれない信念
活動を始めた当初、多くの応援を頂いた一方、様々な批判や中傷もあった。募金活動の際は詐欺呼ばわりする人もいたし、被災地に行くと決めた時は「MBAの人間が被災地に行くのはナンセンスだ。もっと経済的な復興を考えるべきだ」と言う意見や、さらには「あなたの行動は被災地に迷惑をかけていることが分からないのか」と言う批判や、中には「売名行為だ」と言う人もいた。
ただ、私自身は信念をもって行動してきた自負があり、その信念は今でもまったくぶれていない。
五感で感じ、現場を知り、現場に学ぶ
当初思った通り、実際に被災地に足を運び、五感で感じ、その地域の人たちとコミュニケーションして、そこで得た情報は、東京でテレビ・新聞・インターネットなどで得られる情報よりも正確で、メディアでは得られない被災地の真のニーズを反映していた。(被災地と東京のギャップは想像以上大きかった)そして、その情報をもとに、その後の様々な支援活動(プロジェクト)に繋がった。
現場を知り、そこで得た情報をもとに、「今必要なことは何だろう、改善すべきことは何だろう」と試行錯誤し、次のアクションを考え、実行する。これは経営でも同じだ。現場から遠くはなれて、経営陣が会議ばかりしている会社は成長しないだろう。
次に向けて
最初に訪れてから7ヶ月(震災から約8ヶ月)が過ぎた。最近は、被災地のニーズもだいぶ様変わりしてきた。緊急事態の対応は少しずつ収縮し、ようやく街の復興をどうするか、地域経済や産業の復興、文化・芸術の復興、地域に住む人たちの心身的な復興などを考える段階に来ている。
これまでは考えるよりまず行動と言うスタンスで進めてきたが、今後はもっと熟慮し行動に移す必要がある。
そのため、今までの活動の整理・総括し、今後のアクションを考えるうえでも、これまでのように東北に行って何かをすると言った活動は、今回で一時休止しようと思う。当然、復興支援には今後も継続的に関わっていきたいと思っているし、次の具体的なアクションが固まった段階で、また活動を再開しようと思っている。
これまで、サポート頂いた多くの方々、そして共感し行動をともにして頂いた仲間たちに改めて感謝致します。
本当にありがとうございました。

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